文献紹介
KIT/PDGFRA野生型GISTの分子遺伝学的分類:NIH GISTクリニックからの報告
Molecular subtypes of KIT/PDGFRA wild-type gastrointestinal stromal tumors: a report from the National Institutes of Health Gastrointestinal Stromal Tumor Clinic
Boikos SA, et al. JAMA Oncol. 2016; 2: 922-928
九州大学病院 病理診断科 山元英崇
背景・目的
小児GISTの85%、ならびに成人GISTの10~15%は、KITやPDGFRAに遺伝子変異を持たない野生型GISTである。野生型GISTと傍神経節腫を合併するCarney-Stratakis症候群では、コハク酸脱水素酵素(SDH)遺伝子の生殖細胞系列変異を認めるが1)、近年の研究では、野生型GISTの一部においても、SDHA、SDHB、SDHCおよびSDHD変異が見られることが明らかにされている2,3)。一方、野生型GISTは、非家族性腫瘍であるCarney triad(GIST+傍神経節腫+肺軟骨腫)の一部として発生することもあるが、Carney triadでは、SDHの生殖細胞系列変異は認められない4)。
本研究では、米国国立衛生研究所(NIH)の開設する野生型GISTクリニックに登録された野生型GIST患者を対象に腫瘍の分子遺伝学的分類を行い、その臨床的特徴について検討した。
方法
NIHの小児および野生型GISTクリニックに登録された小児および成人の野生型GIST患者116例のうち、十分な腫瘍標本を有する95例を対象とし、SDHBの免疫染色、SDH遺伝子変異解析、SDHCのプロモーター領域のメチル化解析などを行った。家族の同意が得られた患者については、SDHの生殖細胞系列変異解析も実施した。SDH遺伝子異常のサブタイプ別に患者背景や腫瘍の特徴を比較した。
結果
野生型GISTの分子遺伝学的分類
対象95例中84例(88%)は、SDH欠失型GISTであり、SDHB染色陰性(77例)、SDH変異(63例)、SDHC遺伝子プロモーター領域のメチル化(25例)が認められた。
SDH変異例63例(66%)の内訳は、SDHA変異34例、SDHB変異16例、SDHC変異12例、SDHD変異1例であり、その他の遺伝子異常として、KIT、TP53およびKRASの体細胞変異が各1例に検出された。腫瘍DNAが入手できなかった9例でSDHの生殖細胞系列変異が認められた(SDHA 3例、SDHB 2例、SDHC 4例)(監修者注:Supplementary Tableのデータでは同変異はSDH13例 [SDHA7例、SDHB2例、SDHC4例]と読み取れる)。また、腫瘍DNAと生殖細胞系列DNAともに解析可能であった38例のうち、31例(82%)において、生殖細胞と腫瘍に同一のSDH変異が検出された。SDHの生殖細胞系列変異を有する患者では、一度近親者にも同じ変異が認められた。
残る21例(22%)のSDH欠失型GISTは、SDHC遺伝子プロモーター領域のメチル化を認めるが、構造的変異は認めないSDH-epimutant GISTであった。これらの腫瘍は、いずれもSDHC RNAを発現していなかった。
11例の腫瘍は、SDHB染色陽性で、SDH変異を認めないSDH-competent GISTであった。これらの腫瘍では、BRAF p.V600E変異とNF1変異が各3例に認められ、NF1変異を有する1例は神経線維腫症I型(NF1)を発症していた。また、E3ユビキチンリガーゼをコードするCBLの遺伝子変異、KITのN末端領域とPDGFRAのC末端領域の融合、ARID1A変異が各1例に検出された。残る2例については、明確な病原性変異を同定できなかった。
SDH変異GIST 48例、およびSDH-epimutant GIST 20例について、腫瘍DNAのメチル化解析を行った結果、ゲノム全体の過剰メチル化が認められた。一方、SDH-competent GIST 11例は、いずれも正常組織に近いメチル化パターンを呈していた。
分子遺伝学的分類別の患者背景および臨床的特徴
対象95例をSDH変異GIST(63例)、SDH-epimutant GIST(21例)、SDH-competent GIST(11例)の3群に分けて、患者背景や臨床的特徴を検討した。
SDH変異GISTは、女性が62%(39/63例)を占め、年齢中央値は23歳であった。原発部位はいずれも胃で、組織型は59例中50例が類上皮細胞型または混合型であった。転移は約30%の患者に認められた(肝12/58例、腹膜6/58例、リンパ節15/23例)。
SDH-epimutant GISTは、女性が95%(20/21例)を占め、年齢中央値は15歳であった。原発部位はいずれも胃で、組織型は20例中18例が類上皮細胞型または混合型であった。転移は約40%に認められた(肝7/19例、腹膜1/19例、リンパ節3/8例)。7例は傍神経節腫や肺軟骨腫を併発していた。
SDH-competent GISTの11例はいずれも成人であり、64%(7例)が女性であった。11例中9例は小腸GISTであり、組織型は2例を除いて紡錘形細胞型であった。転移は1例のみに認められた。
死亡例は、SDH変異GIST 3例(追跡期間中央値6年)、SDH-epimutant GIST 1例(追跡期間中央値7年)、SDH-competent GIST 3例(追跡期間中央値8年)であった。
SDH欠失型GISTにおけるチロシンキナーゼ阻害薬の奏効率は低く、イマチニブ奏効例は49例中1例、スニチニブ奏効例は38例中7例であった。
症候性GIST
95例中18例は、傍神経節腫や軟骨腫を合併するCarney triad やCarney-Stratakis症候群であった。このうちCarney triadの3腫瘍を全て発症していたのは2例のみであった。Carney triad またはCarney-Stratakis症候群の18例には、いずれもSDH異常が認められた。Carney triadでは、11例中5例がSDH変異GIST、6例がSDH-epimutant GISTであった。また、Carney-Stratakis症候群では、7例中6例がSDH変異GIST、1例がSDH-epimutant GISTであった。
結論
野生型GIST患者95例のうち、84例(88%)はSDH欠失型GISTであり、75%でSDH変異、25%でSDHC遺伝子プロモーター領域の高メチル化が認められた。また、18例は、傍神経節腫や軟骨腫を併発するCarney triad やCarney-Stratakis症候群の患者であった。SDH変異は生殖細胞レベルで認められることが多かった。野生型GISTに対する広範な遺伝子解析は、生殖細胞系列変異の検出やGIST以外の腫瘍の発見、そして適切な患者管理のために有用であると考えられる。
引用文献
- 1)Pasini B, et al. Eur J Hum Genet. 2008 ;16: 79-88
- 2)Belinsky MG, et al. Front Oncol. 2013; 3: 117
- 3)Janeway KA, et al. Proc Natl Acad Sci USA. 2011; 108: 314-318
- 4)Matyakhina L, et al. J Clin Endocrinol Metab. 2007; 92: 2938-2943
コメント
KIT/PDGFRA変異を持たない、いわゆる野生型GISTの中には、SDH欠失型やNF1変異型、BRAF変異型などが存在することが報告されてきたが、NIHに集積された95例の野生型GISTを解析した本研究でもそのことが改めて示されている。SDH変異またはSDHCメチル化(SDH-epimutant)を有するSDH欠失GISTは女性の胃に好発し、類上皮細胞形態を示し、高頻度に肝臓やリンパ節に転移するという共通した特徴がある。また、一般的なリスク分類では転移や予後の予測が難しく、イマチニブの効果が低いが、経過は緩慢なことが多いという逆説的な特徴も併せ持ち、どのように患者をマネージメントしていくか悩ましい腫瘍であるといえよう。一般的なGISTはリンパ節転移率が極めて低く、リンパ節郭清は行われないことがほとんどだが、もし生検の段階でSDH欠失(免疫染色によるSDHB陰性)が判明すれば手術時にリンパ節郭清を追加すべきか否か、外科手術の戦略への影響も予想されるため、今後の議論が必要であろう。病理学的な観点から注目すべき点は、これまでSDH欠失型GISTのほとんどは類上皮細胞型(ときに混合型)とされてきたが、本研究によると、10~15%程度は紡錘形細胞型であるという。したがって、KIT/PDGFRA野生型の場合、細胞形態にかかわらずSDH欠失GISTの可能性を考慮することが重要であろう。