文献紹介

転移性消化管間質腫瘍におけるチロシンキナーゼ変異とイマチニブの効果との関連性

Kinase mutations and imatinib response in patients with metastatic gastrointestinal stromal tumor.
Heinrich MC et al. J Clin Oncol 2003; 21: 4342-4349
大阪大学大学院 医学系研究科臓器制御外科 西村潤一/国立がん研究センター中央病院 西田俊朗

消化管間質腫瘍GIST)は、細胞表面上への受容体型チロシンキナーゼであるKIT(CD117)の発現を特徴とする予後不良な腫瘍であり、GIST症例の92%近くがKITの活性型変異を有すると報告されている1-8)
近年、切除不能もしくは転移性GISTに対し、チロシンキナーゼ活性阻害剤であるメシル酸イマチニブ(グリベック)が有効であることを示す2つの臨床試験の成績が報告された9,10)。そこで本論文の著者であるHeinrichらは、転移性GISTの患者さん127例を対象に、KITおよびこれに関連するチロシンキナーゼである血小板由来増殖因子受容体α(PDGF-Rα)の変異の有無ならびにそのジェノタイプを調査し、イマチニブ治療への反応性との関連を検討した。

対象と方法

(1) KITおよびPDGF-Rα変異の同定

転移性GISTに対するイマチニブの第II 相臨床試験(B2222試験)10)に登録した患者さん147例を対象とした。これらの患者さんのうち、治療前の病理標本が入手可能で、かつ本検討への同意が得られた127例のGIST病理標本からDNAを抽出し、PCR法にて増幅のうえ、KITおよびPDGF-Rα変異の有無およびジェノタイプを決定した。

(2) 変異KITおよび変異PDGF-Rαのリン酸化に対するin vitroでのイマチニブの阻害作用の検討

野生型KITとPDGF-Rα、ならびに種々の変異KITと変異PDGF-RαのcDNAを導入・発現させたハムスター卵母細胞を、イマチニブ0、0.1、1、5μMを含む培養液中で培養した。90分後に、細胞を溶解してKITあるいはPDGF-Rα蛋白を回収し、リン酸化チロシンを定量した。

(3) イマチニブ奏効率および生命予後の解析

患者さんのイマチニブ治療に対する反応性を、Southwestern Oncology Group(SWOG criteria)11)に基づいて分類した。本検討では、「完全奏効(CR)」に相当する患者さんは0例であったため、部分奏効(PR)安定(SD)進行(PD)の3群に分類された。有害事象による早期脱落例と病変の測定が不可能であった例は評価不能(NA)とした。
また、2002年8月27日までの追跡が可能であった全例を対象に、Kaplan-Meier曲線によるOverall SurvivalならびにEvent-Free Survivalを求めた。

結果

(1) KITおよびPDGF-Rα変異の頻度

KITの機能獲得性変異は127例中112例に認められ、エクソン11が85例、エクソン9が23例、エクソン13、エクソン17が各2例であった。
PDGF-Rα変異は、KIT変異が認められなかった15例中6例に認められ、うち3例が後述する「イマチニブ耐性型」のD842V変異であった。KIT変異、PDGF-Rα変異がともに認められなかった例は9例であった。なお、2つ以上のKIT変異が認められた例、KIT変異とPDGF-Rα変異が重複して認められた例はなかった。

(2) 変異KITおよび変異PDGF-Rαのリン酸化に対するin vitroでのイマチニブの阻害作用

検討した野生型KITおよび各種変異KITのうち、D816V(エクソン17点変異)以外のすべてのKITアイソフォームは、0.1~5μMのイマチニブによりチロシン自己リン酸化が阻害された。
また、イマチニブは、PDGF-RαのPDGF-Rα刺激応答性リン酸化も阻害した。しかし、D842V(エクソン18点変異)変異PDGF-Rαでは、他のアイソフォームに対する阻害に要したイマチニブ濃度(IC50100~200nmol/L )より高濃度のイマチニブ(1~2μmol/L)を要した。

(3) イマチニブへの反応性、生命予後との相関

各ジェノタイプ群におけるイマチニブの反応性は表1に示したとおりである。
比較的例数の多いKITエクソン11変異群、KITエクソン9変異群、KIT/PDGF-Rα非変異群の3群のなかでは、エクソン11変異群の奏効率が最も良好(83.5%)であり、エクソン9変異群(47.8%、p =0.0006)、非変異群(0.0%、p<0.0001)を有意に上回った。また、エクソン9変異群と非変異群の奏効率の差も有意であった(p=0.013)。回帰分析の結果、エクソン11変異の存在はイマチニブ治療による奏効を強力に予測する因子(ハザード比7.85、95%CI 3.55-17.37)であることが確認された。
PDGF-Rα変異群は例数が少なく、これら変異とイマチニブへの反応性の関係を明らかにすることはできなかったが、in vitroでイマチニブ耐性を示す変異(D842V)を有する患者さんでは奏効は得られなかったのに対し、イマチニブ感受性を示す変異を有する患者さんでは3例中2例で奏効が認められた。
エクソン11変異群における追跡期間中のEvent-Free Survivalの割合は他の2群に比して有意に高く(p<0.0001)、各群のEvent-Free Survivalの日数における中央値はエクソン11変異群687日、エクソン9変異群200日、非変異群82日であった(図1)。
また、エクソン11変異群はOverall Survivalも有意に高率であった(p=0.0034 vsエクソン9変異群、p<0.0001 vs 非変異群)。回帰分析の結果、エクソン11変異の存在は、Event-Free Survival、Overall
Survivalのいずれに対しても、検討した諸因子のなかで最も強力な相関を示した(表2)。

表1 各ジェノタイプ群におけるイマチニブの反応性
表1 各ジェノタイプ群におけるイマチニブの反応性
図1  KITエクソン11変異群、エクソン9変異群、KIT/PDGF-Rα非変異群の患者さんのEvent-Free SurvivalおよびOverall Survivalの割合
a) Event-Free Survival
a) Event-Free Survival
b) Overall Survival
b) Overall Survival
表2 Event-Free SurvivalおよびOverall Survivalと相関する諸因子
表2 Event-Free SurvivalおよびOverall Survivalと相関する諸因子
PS: Performance Status(日常生活レベル)

コメント

活性型チロシンキナーゼを標的とするイマチニブの有効性は、すでに一部の白血病や肉腫、乳がんにおいて明らかにされているが12-15)、今回GISTにおいても患者さんの大多数にみられるタイプのキナーゼ変異がイマチニブ感受性であることが明らかにされた。
最も強い感受性を示した変異はエクソン11変異、次いでエクソン9変異であり、KIT変異のジェノタイピングはイマチニブ反応性と生命予後の強力な予測因子であることが明らかにされた。
しかし、本検討では、KIT変異を認めない患者さんにおいても約40%にPDGF-Rα変異が認められ、その変異のタイプによってはイマチニブ感受性を示すとの可能性が示唆された。こうした事実から報告者らは、PDGF-Rα変異はKIT変異のない一部の患者さんに生じる「機能獲得型の変異」であると推測し、「KIT変異のない患者さんに対してもイマチニブ治療を控えるべきではない」と述べている。

[引用文献]

  •  1) Lasota J et al. Am J Pathol 2000; 157: 1091-1095
  •  2) Lux ML et al. Am J Pathol 2000; 156: 791-795
  •  3) Lasota J et al. Am J Pathol 1999; 154: 53-60
  •  4) Moskaluk CA et al. Oncogene 1999; 18: 1897-1902
  •  5) Taniguchi M et al. Cancer Res 1999; 59: 4297-4300
  •  6) Hirota S et al. Science 1998; 279: 577-580
  •  7) Buchdunger E et al. Cancer Res 1996; 56: 100-104
  •  8) Corless CL et al. Am J Pathol 2002; 160: 1567-1572
  •  9) Van Oosterom AT et al. Lancet 2001; 358: 1421-1423
  • 10) Demetri GD et al. N Engl J Med 2002; 347: 472-480
  • 11) Green S et al. Invest New Drugs 1992; 10: 239-253
  • 12) Druker BJ et al. N Engl J Med 2001; 344: 1031-1037
  • 13) Apperley JF et al. N Engl J Med 2002; 347: 481-487
  • 14) Rubin BP et al. J Clin Oncol 2002; 20: 3586-3591
  • 15) Piccart M et al. Oncology 2001; 61(Suppl 2): 73-82