文献紹介
進行した消化管間質腫瘍(GIST)に対するメシル酸イマチニブ(グリベック)の有効性と安全性
Efficacy and Safety of Imatinib Mesylate in Advanced Gastrointestinal Stromal Tumors.
Demetri GD et al. N Engl J Med 2002; 347: 472-480
富山大学 大学院医学薬学研究部内科学 第三講座 教授 杉山敏郎
切除不能または転移性消化管間質腫瘍(GIST)は従来の抗がん剤に耐性を示すことから1,2)、予後は極めて不良である。GISTの細胞膜表面には受容体型チロシンキナーゼであるKIT(CD117)が発現しており、その遺伝子変異によって無秩序な細胞増殖を引き起こすことが知られていた3,4)。近年、このKITを分子標的としたメシル酸イマチニブ(グリベック)が臨床に用いられている。イマチニブはチロシンキナーゼに対して選択的に作用する阻害薬であり、当初、細胞内Abl キナーゼ、慢性骨髄性白血病(CML)において発現するBcr-Abl 融合型キナーゼがん遺伝子蛋白を阻害することを目的に開発された。事実、CMLに対しては優れた臨床的有効性が確認され5,6)、さらに他のチロシンキナーゼであるKITや血小板由来増殖因子受容体(PDGF-R)などに対しても阻害効果があり、これらのチロシンキナーゼが関連する疾患への有効性が期待された。本論文では、KIT陽性GISTに対するイマチニブの有効性と安全性が、多施設共同無作為化オープン試験(海外第II相臨床試験B2222)の中間結果として報告されている。
対象と方法
本試験は、切除不能または転移性の腫瘍を認め、組織学的にKIT陽性GISTと診断された成人147例を対象とした。これらの患者さんにイマチニブ400mgまたは600mgを1日1回経口投与し、1、3、6ヵ月後の腫瘍縮小効果を検討した。また、増悪までの期間(time to treatment failure;TTF)と生存率(overall survival rate;OS)、および有害事象の発現率を検討した。また、一部の患者さんにおいては、[18F]FDG-PET検査によって腫瘍部の糖代謝活性を測定し、腫瘍の組織学的評価を行った。
なお、400mg投与中に腫瘍増大を認めた場合、臨床状態が良好であれば600mgへ増量した。また、600mg投与群の患者で腫瘍が増大した場合には試験を中止し、脱落例とした。
結果
(1) 患者背景
患者さんの年齢、性別、Performance Status(PS)、原発巣、再発巣、治療歴(手術、化学療法、放射線療法)の各背景因子を表1に示す。全147例中75例の患者は、過去に化学療法を受けていたが無効であった(1~7種のレジメン、平均2レジメン)。


※ PS:Eastern Cooperative Oncology Group(ECOG)の5段階スケールにて評価。
Copyright © 2004 Massachusetts Medical Society. All rights reserved. Translated with Permission.
(2) 有効性(腫瘍縮小効果)
9ヵ月以上の追跡ができた患者さんは120例(81.6%)であった(平均追跡期間288日)。このうち、完全奏効(CR:腫瘍の完全な消失)が得られた患者さんは0例、部分奏効(PR:測定可能腫瘍面積の和の50%以上減少)が得られた患者さんは79例(53.7%)であり、PRの患者さんでは50~96%の腫瘍縮小を認めた。残る27.9%の患者さんは安定(SD)、13.6%の患者さんでは試験開始後1~3ヵ月間で腫瘍増大(腫瘍面積の和が50%以上増加、または10cm2増加)が認められた(表2)。効果発現までの期間は平均13週であり、少なくとも46週間以上にわたって効果が持続した。なお、奏効率および奏効期間について、400mg投与時と600mg投与時の間に差異を認めなかった。

カッコ内の数値は%[95%信頼区間]。
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(3) 有効性(TTF, OS, PS)
TTFおよびOSの推移を図1に示す。400mgから600mgへの増量を要した患者さんが9例あり、増量後は1例がPRに転じ、2例が安定を保った。試験中の死亡者数は400mg群で9例、600mg群で5例が認められ、脱落者数は400mg群で5例、600mg群で8例あった。また、病態の増悪を認めた患者さんは、400mg群で8例、600mg群で11例あった。なお、患者さん全体の1年生存率は88%であった。
4ヵ月時まで治療を継続できた144例の患者さんのうち、PSがgrade 0(無症状で社会活動ができ、制限なく発病前と同様にふるまえる)の患者さんの割合が、イマチニブ投与前の42%から、投与後64%に増加した。また、症状の重いgrade 2、3の患者さんの割合が19%から5%に減少した。

(4) 組織学的所見
治療後、いくつかの生検標本にてがん細胞などが減少したが、典型的な腫瘍壊死像は認められなかった。画像診断上で腫瘍縮小を認めた患者さんの生検標本においても、少なからずKIT(CD117)陽性細胞の残存が認められた。しかし、こうした残存するGIST細胞では、核の異常や細胞質の減少などが高頻度に認められた。ちなみに、[18F]FDG-PET検査を施行しえた患者さんのうち、イマチニブが有効であった全例において腫瘍部への[18F]FDG取り込みが著明に減少していた。
(5) 安全性
イマチニブが投与されたほぼ全例において、軽度~中等度(grade 1、2)の有害事象を認めたが、忍容性は概して良好であった。主な有害事象は、浮腫(74.1%)、悪心(52.4%)、筋肉痛(39.5%)、疲労(34.7%)、皮膚炎・発疹(30.6%)、頭痛(25.9%)、腹痛(25.9%)であった。また、治療に伴うtumor lysis syndromeを示唆する高尿酸血症などの所見は、急速な腫瘍縮小を呈した患者さんにおいても認められなかった。
grade 3、4の有害事象は21.1%であった。なかでも、最も重篤なものは消化管あるいは腹腔内出血であり、大きな腫瘍径を有する約5%の患者さんに認められた。
コメント
本中間結果では、PR+SD(病勢コントロール)が対象例の実に81.6%(120/147)に及んでいた。なかには、化学療法の無効例も少なからず含まれていたことから、KITチロシンキナーゼの選択的阻害薬の有用性が示唆される。従来、転移巣を有するGIST患者さんの生存期間は19ヵ月(中央値)と報告されていた1)が、本検討では患者さんの88%が1年以上生存していることから、試験終了時には従来の抗がん剤を上回る生存期間が期待できるであろう。本報告をみるかぎり、イマチニブによってSD以上の抗腫瘍効果が得られれば、投与継続によって生命予後の改善が得られるのかもしれない。
なお、本検討では、2つの設定用量間に明らかな有効性の差異を認めなかったが、400mgから600mgへ増量することで1例は進行からPRへ、2例は進行から安定へと改善した。この結果を受け、GISTに対するイマチニブの至適用量を設定するため、現在、本論文の筆者グループは大規模な無作為化比較試験を進めている。
[引用文献]
- 1) DeMatteo RP et al. Ann Surg 2000; 231: 51-58
- 2) Goss GA et al. Prog Proc Am Soc Clin Oncol 2000; 19(abstract): 599a
- 3) Lux M et al. Am J Pathol 2000 ; 156: 791-795
- 4) Rubin BP et al. Cancer Res 2001; 61: 8118-8121
- 5) Druker BJ et al. N Engl J Med 2001; 344: 1031-1037
- 6) Druker BJ et al. N Engl J Med 2001; 344: 1038-1042