文献紹介

コハク酸脱水素酵素(SDH)機能欠損GIST:主に若年発症の胃GIST 66例を対象とした臨床病理学的、免疫組織化学的、分子遺伝学的検討

Succinate dehydrogenase-deficient GISTs: a clinicopathologic, immunohistochemical, and molecular genetic study of 66 gastric GISTs with predilection to young age
Miettinen M, et al. Am J Surg Pathol. 2011; 35: 1712-1721
兵庫医科大学・病院病理 廣田 誠一

背景・目的

GISTの多くは、KITまたはPDGFRA遺伝子の機能獲得性変異を原因として発症するが、10~15%のGISTは両遺伝子に変異を認めない、いわゆる野生型GISTである。野生型GISTの発症メカニズムは不明であるが、原因の一つとして、腫瘍細胞内のコハク酸脱水素酵素(SDH)複合体の機能障害が示唆されており、GISTと傍神経節腫の合併を特徴とするCarney-Stratakis症候群では、SDHの構成サブユニットであるSDHB-Cおよび-Dの生殖細胞系列変異が報告されている1~3)。また、小児GISTや非遺伝性のCarney triad(CT; GISTと傍神経節腫、肺軟骨腫の3つを合併)においても、機序は不明であるが、SDHB蛋白の発現低下やSDHの機能障害が認められる3~5)。そこで本研究では、1,134例のGIST標本の中から免疫染色によりSDHB陰性と判定された66例について、病理学的特徴や予後、遺伝子変異などを検討した。

対象・方法

複数の施設から入手した計1,134例のGIST標本(胃756例、小腸265例、直腸43例、結腸23例、食道7例および消化管外40例)を用いて、SDHの機能障害のマーカーとなるSDHB蛋白の発現を免疫染色により評価し、陰性例について組織学的特徴や肉眼的特徴、遺伝子変異、予後などを検討した。

結果

1)患者背景

免疫染色によりSDHB陰性GISTと判定されたのは66例であり、その発生部位はいずれも胃であった。胃GIST全体に占めるSDHB陰性GISTの推定頻度は、任意抽出例のみを対象とすると7.5%であった。SDHB陰性GISTの年齢中央値は22歳(8~77歳)で、ほとんどが小児や若年者であり、高齢者は稀であった(1)。男女比は19例:47例で女性が多かった。女性優位の傾向は、特に21歳未満で顕著であり、30歳以上では男女比は同等であった。

図1 年齢別にみたSDHB陰性/陽性の胃GISTの頻度
図1 年齢別にみたSDHB陰性/陽性の胃GISTの頻度

2)臨床病理学的特徴、合併腫瘍

SDHB陰性GIST患者の多くは、消化管出血症状を契機に受診していた。GISTあるいは神経線維腫症1型(NF-1)の家族歴がある患者はいなかった。原発部位は、胃前庭部(20例)や小弯(11例)が主であった。少なくとも12例に同時性多発腫瘍が認められた。
CTの合併例は4例であり、2例に肺軟骨腫、残る2例に傍神経節腫が認められた。

3)肉眼的、組織学的特徴

原発腫瘍の大きさは1.5~12 cm(中央値5.0 cm)と多様であった。腫瘍の多くは多結節状で、割面は黄色~淡黄色~ピンクおよび茶色の色調を示し、局所的な出血を認めた。組織学的特徴として、ほとんどの腫瘍が固有筋層を巻き込み、叢状の増殖パターンを示した(2A)。また、類上皮細胞の密な増殖からなる像が高頻度にみられた(2C)。
初発時に2例で大網/腹膜微小転移が確認された。リンパ節転移は、評価可能であった12例中5例に認められ、脈管侵襲は31例中17例にみられた。
免疫染色では、検討されたほぼすべての症例がKIT陽性(52/53例)およびDOG1/Ano1陽性(31/31例)であった。CD34は52例中44例に検出されたが、平滑筋アクチン陽性(1/51例)やデスミン陽性(1/49例)は稀であり、S100蛋白は検討した47例すべてで陰性であった。

図2 SDHB陰性GISTの組織学的特徴
図2 SDHB陰性GISTの組織学的特徴 A:固有筋層を巻き込む多結節状、叢状の増殖パターン
B:類上皮様型と紡錘形型が混在するorganoid pattern
C:類上皮細胞の密な増殖を主体とするパターン
D:稀に著明な核多形性が認められる。中央右には異常核分裂像が見られる。

4)変異解析

評価されたすべてのSDHB陰性GISTにおいて、KIT(エクソン9、11、13、17)、PDGFRA(エクソン12、14、18)、BRAF(エクソン15)、SDHB(エクソン1、3、4、6、7)、SDHC(エクソン1、5)、SDHD(エクソン1)遺伝子に変異は認められなかった。

5)予後

成人の胃GISTでは胃再発はきわめて稀であるのに対し、SDHB陰性GISTでは11例が胃GISTの再燃や再発をきたし、胃切除を受けた。
肝転移は、追跡可能であった54例中10例(19%)に認められ、このうち3例は肝転移後も10~18年間生存していた。GISTの初発から肝転移をきたすまでの最長期間は42年であった。腹膜転移は8例に認められ、このうち1例は肝転移を併発し、死亡したが、3例は腹膜転移後も10~17年間生存していた。
GISTによる死亡例は7例(うち男性4例)であり、1例を除く全例で肝転移が確認された。死亡例のうち2例は、核分裂像数が5/50 HPF未満であった。
イマチニブ治療例は4例であり、投与期間は6ヵ月~7年であった。このうち1例はイマチニブ奏効後に腹部転移巣の切除術を受けていた。スニチニブ治療を行ったという情報はなかった。

考察

SDHB陰性GISTは胃GISTの7.5%を占め、その多くは小児や若年者であった。66例のSDHB陰性GISTのうち、CTを合併していたのは4例のみであった。いずれの患者にもSDHB, -C, -Dの生殖細胞系列変異は認められず、KITまたはPDGFRA遺伝子は野生型であった。組織学的特徴として、固有筋層を巻き込む叢状の増殖パターン・類上皮細胞形態・高頻度の脈管侵襲を示し、一部にはリンパ節転移が確認された。また、同時性/異時性の多発GIST発生も稀ではなかった。SDHB陰性GISTは、長期潜伏後に肝転移をきたす可能性や異時性に傍神経節腫を発症する可能性があるため、長期追跡が不可欠である。

コメント

BRAF遺伝子の遺伝子変異を原因とするものが極稀に存在する。これらを除くGIST症例には共通した特徴としてコハク酸脱水素酵素(SDH)の機能欠損が見られることが明らかになってきた。Carney-Stratakis症候群の原因遺伝子がSDHの構成サブユニットであるSDHB-Cおよび-Dの生殖細胞系列変異であり、そのSDH機能欠損はSDHBの免疫染色の陰性化により評価できることが示され、これが小児GISTや非遺伝性のCarney triadでも見られることが明らかにされた。これらの疾患群は、詳細なメカニズムは異なるものの、いずれもSDHの機能欠損という病態で捉えることができる。この論文ではその病態に共通した特徴を多くの症例を用いて明らかにしている。すなわち小児・若年成人発生、高頻度の脈管侵襲、リンパ節転移の頻発、同時性/異時性の多発GIST発生がみられ、一般的には予後が良好であるものの長期潜伏後の肝転移や異時性の傍神経節腫の発症の可能性があり、長期追跡が不可欠であるというものである。イマチニブへの反応は一般的に期待できないとされるが、今後多くの症例での検証が必要である。

引用文献

  • 1) McWhinney SR, et al. N Engl J Med. 2007; 357: 1054-1056.
  • 2) Pasini B, et al. Eur J Hum Genet. 2008; 16: 79-88.
  • 3) Stratakis CA, et al. J Int Med. 2009; 266: 43-52.
  • 4) Gill AJ, et al. Am J Surg Pathol. 2010; 34: 805-814.
  • 5) Janeway KA, et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2011; 108: 314-318.