文献紹介
消化管間質腫瘍(GIST)治療におけるスニチニブ
Sunitinib in the management of gastrointestinal stromal tumours (GISTs)
Hopkins TG, et al. Eur J Surg Oncol. 2008; 34: 844-850
国立がん研究センター中央病院 消化器内科 医長 山田 康秀
背景
チロシンキナーゼ(TK)は、腫瘍増殖に関連した細胞のシグナル伝達系において鍵となる酵素である。膜貫通型の受容体TKは細胞外からの刺激を細胞内に伝達し、細胞質のTKは細胞内のシグナル伝達を担う(図1)。TK遺伝子の変異や過剰発現ががん発症の原因となること、初期の研究では特定のTKを不活性化させることで細胞の形質転換を抑制できることが報告されている。そのため、TKを標的とした治療法が開発され、イマチニブなどのTK阻害薬は、既存の化学療法に抵抗性を示すGISTのような悪性腫瘍に対する治療選択肢となった。

GISTとは
GISTは、カハール介在細胞から生じる間葉細胞性の腫瘍で、消化管系悪性腫瘍全体の1~3%を占め、発生率は100万人あたり6~20例である。好発年齢は50~80歳で、痛みを伴う腹部腫瘤、消化管出血あるいは腸閉塞を呈することがある。主な発現部位は胃、次いで小腸であり、肝臓に転移しやすい。
GISTとc-kit遺伝子変異
GISTではc-kit遺伝子に特徴的な変異が認められる。KITを介した細胞内シグナル伝達は、細胞の増殖、分化、生存に必須であるが、c-kit遺伝子のエクソン11、9、13、17などに機能獲得性の変異が生じると、c-kit遺伝子の発現が増幅され、GISTを発症すると考えられる。また、GISTでは、血小板由来増殖因子受容体α(PDGFRα)の変異も認められる。
GISTの最近の治療
GISTのファーストライン治療は外科的切除で、5年生存率は48~54%であるが、直径10cmを超える腫瘍では20%に低下する。切除24ヵ月後までの再発率は40%と報告されている。標準的な化学療法に対する反応性は低く、再発GISTの予後は不良であった。
その後、TK阻害薬イマチニブの導入によって、転移性GISTの治療は大きく変化した。臨床試験では、イマチニブの奏効率は76~88%で、奏効期間の中央値は2年に達し、生存期間(中央値)は5年に延長した。2004年、イマチニブは切除不能あるいは転移性GISTのファーストラインとして承認された。
しかし、治療への反応性は、一次耐性あるいは二次耐性の発生によって次第に低下することが問題視されていた。これに対し、エクソン9変異を有する患者さんではイマチニブを増量することで、半数以上の患者さんで反応性が得られることが示された。しかし、他の変異を有する患者さんでは増量による効果は低い。イマチニブによる治療が奏効しなかった患者さんでは、4ヵ月以内に腫瘍進展が認められるため、新しい治療の選択肢が必要とされていた。
スニチニブの有効性
スニチニブはイマチニブ抵抗性GISTおよび転移性腎細胞癌への適応を有する。イマチニブ抵抗性あるいはイマチニブに忍容性のないGIST患者さん312例を対象に、欧州、アメリカ、アジア、オーストラリアの56施設で実施された無作為化二重盲検プラセボ対照第III相試験では、スニチニブ50mg/日(4週投薬2週休薬)の投与によって、増悪までの期間(TTP)がプラセボ群に比べて有意に延長した。この結果を受けて試験は早期に中止され、本試験の結果を基に、2006年にFDAはイマチニブ抵抗性のGIST患者さんに対する適応を承認した。スニチニブの臨床試験の成績を表1に示す。
著者(報告年) | Phase | 例数 | 用法・用量 | TTP中央値(月) | PR(%) | SD(%) | PD(%) |
---|---|---|---|---|---|---|---|
Maki et al.(2005) | I/IIa | 97 | 50mg/日で4週間投与後、2週間休薬 | 7.8 | 22b | 33(<6/12) 37(>6/12) |
8 |
Demetri et al.(2006) | III | 207 | 50mg/日で4週間投与後、2週間休薬 | 6.8 | 7 | 58 | 19 |
105(プラセボ群) | 1.6 | 0 | 48 | 37 | |||
Geonge et al.(2007) | II | 60 | 37.5mg/日で連続投与 | NR | 8 | 62 | 12 |
NR:報告なし、TTP:増悪までの期間
a:継続試験
b:6週未満のPDあるいはSD
スニチニブの安全性と薬物相互作用
用量設定試験では、スニチニブの忍容性は良好で、発現した有害事象は中等度のものであることが示された。海外で行なわれた第III相試験では、有害事象による投与中止例はプラセボ群3%、スニチニブ群6%、grade3/4の有害事象はプラセボ群51%、スニチニブ群56%であった。スニチニブ群では下痢、悪心、嘔吐などの消化器症状、皮膚変色、発疹、掻痒症、角化症、皮膚乾燥などの皮膚症状が多く、他に手足症候群、毛髪色素脱失などが認められた。
スニチニブは肝臓の薬物代謝酵素CYP3A4によって代謝され活性型となる。ケトコナゾール、クラリスロマイシン、リトナビル、グレープフルーツジュースなど、CYP3A4阻害作用を有する薬剤や食品は活性型の濃度を低下させる可能性がある。
結論
現時点では、完了した第III相試験は1つだけであり、GIST治療におけるスニチニブの役割について結論を導くのは時期早尚かもしれないが、臨床試験の結果は非常に有望なものであった。米国ではさまざまな癌種を対象にスニチニブを用いた試験が90件以上も計画あるいは進行中である。今後は、TK阻害薬あるいは細胞毒性薬との併用、遺伝子プロファイリングの標的療法への応用などが検討されるだろう。
コメント
スニチニブはKIT, PDGFRαの他にVEGFR(血管内皮細胞増殖因子受容体), RET, FLT3などにも作用するマルチ・チロシンキナーゼ阻害薬である。スニチニブはイマチニブ耐性のGIST患者さんに初めて延命効果を示した薬剤であり、生存期間中央値は約6~7ヵ月である。スニチニブの延命効果はエクソン9変異症例でより顕著であった。これはイマチニブの効果がよく得られるエクソン11変異症例では、イマチニブによる治療期間が長くなり、イマチニブの結合するKITチロシンキナーゼ領域のATP binding pocketに二次性変異を起こす頻度が高くなるためと考えられている。Heinrichらの報告では、イマチニブ投与前の検体で確認したエクソン11症例の62%、エクソン9症例の16%にそれぞれ二次性の変異がみられた(JCO 2006)。スニチニブはさまざまな標的を阻害するために、その副作用は多彩である。血液毒性、消化器毒性、手足症候群などの皮膚毒性は他の抗悪性腫瘍薬でもしばしばみられるものであるが、甲状腺機能低下、心機能低下、QT延長(致死性不整脈につながる可能性)などについては、重篤化するまで見逃されることもあり、注意を要する副作用である。治療前の各臓器機能のチェックと定期的な甲状腺機能検査、心エコー、心電図はスニチニブ投与中の経過観察に必要不可欠である。